町の中心部には犀川が流れ、近代的な駅舎が建設されつつある町、金沢。駅前の街並は近代的なビルが立ち並ぶけれど、町を歩けば加賀百万石と呼ばれた前田家の城下町として栄えた証しがそこここにある。そして昔から人々が連綿と伝えてきた手作りのものがある。金沢に伝えられる九谷焼、水引細工、漆器、そして加賀友禅や加賀繍いなどは観光名産品としても名高い。
しかし、受け継がれたものはそれらだけではない。ここに「加賀ゆびぬき」という小さな愛らしい道具がある。今の時代、着る物は「買う」ことが当然になっているけれど、かつては家庭の中で家族の着る物は女性が縫うのが当たり前の時代があった。針も糸も今よりもずっと身近だった。そして、縫い仕事のための道具である「ゆびぬき」も縫い手が自分の指に合わせて手作りをしていたのだ。全国にいろいろなゆびぬきが伝わるが、金沢では加賀友禅の縫い子さんたち、娘さんたちが絹糸で美しいゆびぬきを作った。和紙を芯に、真綿を巻いてふっくらとさせ、その表面はびっしりと絹糸でかがった模様になっている。金沢のゆびぬきの特徴は、真綿を巻くことと、その表面を覆う繊細な模様にある。
それらは時代の波に呑み込まれ、今では金沢に住む人たちでも知らない人が多いが、四十年ほど前、小出つやこさんと言う方が時代の波間からすくい上げ、そして伝統模様のみならず、ご自分の創作模様も加えてつくり続けてこられた。ゆびぬきは小出家にお嫁にきた孝子さんにも伝えられ、お孫さんに当たる大西由紀子さんは2004年1月、東京の銀座で「加賀ゆびぬき~このちいさきものの美~」という作品展を開催された。親子三代伝えてきたゆびぬきの作品展は大きな反響を呼び、忘れられかけていたこの小さな道具を思いだした人達も多かった。また、初めて知った若い人達も、その美しさに感動した。
模様は伝統的なもの、つやこさんの創作によるものなど、多種にわたり、伝統的なものにはそれぞれ意味が込められている。例えば「うろこ模様」は女性の魔除けとしての意味があった。「矢羽根」は着物の模様だが、これは神様にささげる鏑矢の羽根を表す。すなわち「お守り」。また「青海波」は中国から伝わった吉祥文様の一つで、これもまたゆびぬきの模様となっている。
縫い子仲間の結婚が決まったときには、お祝いに仲間が小さな箱にぎっしりとゆびぬきを詰めて贈ったという話もある。これは家庭に入れば家事も忙しく、ゆびぬきを作る間もないでしょうからという意味とも、また、その美しさを愛でてのことともいわれる。縫い子さんたちは正月休みに、着物の仕立て代えの際に出る「抜き糸」をためておいたものを使って、一年分の自分が使うゆびぬきを作っていたそうだ。
旧家ではおひなさまの脇飾りとして飾られることもあった。裁縫上手になるようにという願いがこめられていたことだろう。
いろいろな物語を秘めて加賀ゆびぬきは、今再び知られるようになりつつある。加賀ゆびぬきは自分の手でものを作り出す喜びを、確かに感じさせてくれるに違いない。この小さな道具があらためて世の人に知られることは、手作りの豊かさを思い出させてくれることでもあるのだ。
小出つやこさんは金沢でご健在。いまだにめがねも無しでゆびぬきを作り続けられている。そしてお孫さんである大西由紀子さんに加賀ゆびぬきの伝統は確かに伝えられている。