昔、翻訳ものの童話や物語には、意味のわからないことがいろいろあった。ノートンという人の書いた「床下の小人達」という童話では床下に住んでいる小人たちが人間の持ち物を少しずつ借りて「借り暮らし」をしているという設程なのだが、その小人たちが「お墓のカップにゆびぬきを借りる」というくだりがあった。ガリバー旅行記では巨人の国に行ったガリバーは女王様の「ゆびぬきをコップにして乾杯した」という。日本のゆびぬきでは飲み物を入れることはできない。わっかの形のゆびぬきしか知らない日本に紹介されて初めて「西洋シンブル」というものの形がコップのような形であることを知って昔の謎が解けた。同じ裁縫道具なのに国によってずいぶんと形が違うものだ。
形が違うだけではなく、アメリカやヨーロッパでは、シンブルは四つ葉のクローバーや蹄鉄などとともに幸福をもたらすラッキーアイテムとされている。結婚する娘たちにシンブルが贈られることもよくあるそうだ。また、シンブルをコレクションすることは立派な趣味の一つで、各地の観光土産の定番でもあるし、コレクション用のシンブルという実用品ではないものもたくさんある。それらにはマイセンやウェッジウッドといった名窯のものもあれば、ベネチアンガラス製のものや、ヒューター製のもので頭のところに飾り物がいろいろついているようなものもある。
また、ラッキーアイテムだから、アクセサリーの発達した西洋ではアクセサリーとしても使われる。シンプルな形をしたアクセサリーはペンダントトップやブローチなどあるし、裁縫道具そのものがアクセサリーとなっているものもある。そんなところも日本とは扱われ方が異なる。 日本の裁縫道具はアクセサリーとかコレクションの対象にはならず、実用品でしかなかった。しかし、実用品にも「用の美」もあれば装飾もある。最近ブームになっているお細工物の小袋は江戸時代に作り始められたというが、琴の爪を入れるための袋がさくらや椿の花の形をしていたりする。
江戸中後期から作られ始めたという加賀ゆびぬきもまた大変に美しく愛らしい。かつて日本中どこでもゆびぬきは手作りされていた。糸でかかったゆびぬきは他にもあるが、わけても加賀ゆびぬきは表面をびっしりと絹糸で埋めて模様を作り出すそのデザインが美しい。これはもともと加賀友禅の縫い子さんたちが自分達が使うために作っていたいうが、古くから金沢で暮す人の中には祖母が作っていたものを見たことがあるという人もいる。このゆびぬきは、裁縫上手を願って加賀百万石の前田家のひな祭りの脇飾りに飾られたりしていたともいう。
加賀ゆびぬきは自分で作ることができる。この加賀ゆびぬきを実際に和裁の道具として使うだけではなく、西洋のようにアクセサリーにしてみるというのはどうだろう。例えばペンダントトップのように、紐などに通して下げる。その紐も自分で作れば最高だ。指輪としてはいわずもかな、金具をつければイヤリングやピアスにもなるだろう。また、ストラップなどにも素敵だ。サイズも自由に作ることができるのだから、ミニチュアサイズに作ってみると、それはそれでまた新たなデザインを呼び起こすだろう。加賀ゆびぬきの模様は多い。自分で作ってコレクションしたものをかざると和のインテリアになる。誰かへのプレゼントにも喜ばれるだろう。
実用品としても、和裁をする人だけではなく縫い物をする人なら必需品のゆびぬきを手作りすれば、自分の指のサイズにあった美しくて使いやすいものができる。
加賀ゆびぬきは日本の伝統文化に連なるもの、そして身近な暮らしの中で行き続けるもの。これからもたくさんの人たちがこの小さなものを作り、いろいろな形で使い続けていってくれれば、和の文化を一つ残すことができるだろう。